「秋田県花いっぱい運動の会」沿革

昭和29(1954)年 秋田県華道連盟の前身「秋田いけばな作家クラブ」が発足、都市の美化活動運動の一環として「花いっぱい運動」を提唱し運動を展開。昭和33年6月より千秋公園に毎年花を植樹、平成元年まで続いた。
昭和30年 「秋田県新生活協議会(現・秋田県花いっぱい運動の会の運営母体であった社団法人あすの秋田を創る協会)」が発足、会の運動目的と一致したため推進母体として参画、翌昭和35年3月、「秋田県花いっぱい運動の会」が組織された(同時に「秋田いけばな作家クラブ」は秋田県華道連盟として協賛団体となった)。
昭和36年 小畑好子氏が会長に就任、秋田まごころ国体で「全県花でおもてなし」県民運動を実施。
昭和40年 第1回「全県花壇コンクール」開催。
昭和47年より、県内3ケ所の農業高校を会場に花と緑の技術研修会を開催。
昭和54年 「天に星、地に花、人に愛~花の輪を広げて築こう我が郷土~」をスローガンに掲げ、第1回「花いっぱい運動秋田県大会」開催、第1回「花の広場」開催(秋田市)。
昭和57年7月、「秋田県新生活協議会」から「社団法人あすの秋田を創る生活運動協会」に移行。)
昭和59年 第6回「花の広場」を、59インターハイに合わせ八橋公園で開催(秋田市)。
昭和60年9月 「社団法人あすの秋田を創る生活運動協会」創立30周年、「秋田県花いっぱい運動の会」25周年。
平成元年 花と緑の美しい郷土づくり運動
平成4年9月 小畑好子氏逝去、全県花だんコンクールに「小畑好子賞」を設立。
平成5年 花づくり研修会を開催、全県花だんコンクール特別賞として、花いっぱい運動功労「小畑好子賞」設立。
平成10年 「全国花のまちづくり秋田市大会」を開催。
・平成12年6月 「社団法人あすの秋田を創る生活運動協会」を「社団法人あすの秋田を創る協会」に改称。)
平成16年10月 全県花壇コンクール40年
平成17年 「社団法人あすの秋田を創る協会」創立50周年記念式典、秋田県花いっぱい運動の会発足45周年記念。
平成20年 第30回「花の広場」を遊学舎で開催(秋田市)。
平成25年 「豊かなふるさとづくりフォーラム~花でおもてなし県民のつどい~」開催(大潟村)。JRディスティネーションキャンペーン/花のまちづくり協働推進事業にて、秋田駅中央改札にナマハゲダリアのオブジェを飾り、来秋の観光客に秋田をPR。「花めぐりカレンダー」(その後「花めぐり手帖」に名称を変更)を発行。
・平成26年 「社団法人あすの秋田を創る協会」から「一般社団法人あすの秋田を創る協会」に移行。)
平成26年10月 第50回全県花だんコンクール開催(遊学舎)。国民文化祭開催、国文祭に花を添えるとともに花のまちづくり運動を展開。
平成26年 「社団法人あすの秋田を創る協会」創立60年記念事業、「豊かなふるさとづくりフォーラム」開催。秋田県花いっぱい運動の会発足55周年記念。
平成27年3月 「一般社団法人あすの秋田を創る協会」解散、「秋田県花いっぱい運動の会」に移行。佐竹睦子氏が会長に就任。
平成29年9月(~12日) ねんりんピック秋田2017(第30回全国健康福祉祭あきた大会)に合わせ、秋田駅前にウエルカムフラワーを設置。
令和3年7月 「花ほほえみ 風薫る ゆりほんじょう」をテーマに、「全国花のまちづくり由利本荘大会」を開催。会場に花を添えるとともに花のまちづくり運動を広める。秋田県花いっぱい運動の会発足60周年。